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【2020館長インタビューより】④芹沢銈介「蔬果図」について

一昨年よりインスタグラムにて連載をしていたインタビューをonlineshopでも再録します。
芹沢銈介作品の魅力についてより深め、身近に感じていただければ幸いです。
芹沢銈介美術館museumshop
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「教えてください、白鳥館長」
-芹沢銈介美術館館長に聞く、芹沢銈介作品の魅力とは-

④蔬果図(1932年)

館長)「蔬果図」というのは、芹沢先生の静岡時代、静岡市葵区三番町在住時の作品で、型染作品ではごく初期に位置する作品です。

1932(昭和7)年の国画会展に出品した作品ですから、型染をはじめて丸2年くらい。先生自身はすでに37歳だし、蔬果図の図案、模様というのは見事なものですね。慈姑(くわい)、栗、柘榴(ざくろ)、茄子、どれもポテッとしてかわいいんですけどね。でも、単に「かわいい」というのとは一線を画している。正確さ、模様に対する真摯な姿勢が根底にありますから。「何となく」とか「こんなだったかな」で表現しているのではない。しっかり対象を目の前に据えて、正確なスケッチを描き、そこから模様化に進んでいるわけですからね。加えて、模様化の過程で相当意識的に練り上げていると思うんです。例えば、茎とか葉っぱの先端など、ちょっと飛び出た部分のニュアンスにこだわっていると思いませんか。そういう尖ったところの微妙な向き、長さや反り方などで模様は全然変わりますからね。模様にも向きと力の大きさ、つまりベクトルってあると思うんですよね。そういう計算をしっかりして、静と動のバランスをとっていますね。以前、理性と感性っていうお話をしましたが、そのバランスの上に、自然に成り立っているのが芹沢先生の作品だと思います。

staff K)「蔬果(そか)」とは野菜と果物のことですが、とても親しみやすい模様です。単にかわいらしいというだけでなく、スケッチを煮詰めて細かいところまでよく考えられた模様なのですね。

館長)それに、野菜や果物が、白地の台形の中に収められているのがいいですね。私には、台形の背景というより、白い紙の上に野菜や果物が大切に置かれているような感じがしますよ。まあ、どちらにも見えますけど(笑)。でも、平面の中に、不確かながら、象徴的な奥行きが生まれていると思う。野菜も立っているやら、寝ているやら、不思議な感じ。またこの背景は、野菜などのポテッとした形に、キリっと角のたった枠をあてがって、全体を締めているともいえる。効果的です。

あと、これに組み合わせる幾何学文様がまた斬新。中央がへこんだ菱形のうえに、横に倒した細長い8の字を置いている。ものすごく抽象的だし、なんだか謎めいている。芹沢先生は絵が得意だったし、スケッチから生まれる具象的な文様が主のような気がするんですが、実はこういうめちゃくちゃ抽象的、幾何学的なものが得意。同じころ、雑誌「工藝」の小間絵にも幾何学文様を提供しているんですが、ほとんど取りつく島もないような抽象文様ですからね(笑)。その具象文と抽象文は、どっちが先でもなくて、最初から両方芹沢先生の中にあって、どっちへの志向もあったでしょうね。この作品もその一つ。その証拠に、両方を対等に組み合わせた作品は多いですから。この作家の重要な特徴ですよ。現代の絵画の巨匠たちは、具象と抽象を行き来しながら、様々な創作を行ってきたと思うんですが、そういう感覚はセリザワにも大いにある。果物も、どんどん模様化を進めると、幾何学模様になってしまうというような。この幾何学文様の菱形だって、台形を45度回転させてへこませた姿じゃないかと思う。横に長い8の字は蔬果の生命感を∞型の曲線で象徴させた姿。たぶん(笑)。つまり、台形に収まった蔬果を、うんと抽象化するとこうなるという(笑)。確証はないですが、でもそんなに外れてないんじゃないと思う。
88年前の作品ですけどね、そんなものは全く感じさせない。あと12年で100年ですが、その先の100年も愛されていく模様じゃないでしょうか。

K)数学的な感覚も持ち合わせているのでしょうね。いろんなものを組み合わせて違和感なく一つの作品にしてしまうのは芹沢先生の凄いところですね。

館長)この作品で時々ご質問があるのが「苺」。白菜のような葉っぱの上に苺が3個置いてあるんですね。実は岸田劉生(1891-1929)が、1925(大正14)年に「菜果十色」という日本画を描いていて、その中に、葉っぱにのせた苺3個を描いているんですね。2019年東京ステーションギャラリーで展示されていた作品(下関市立美術館蔵)を見て、「ああ、やっぱりこれかな…」と思いました。芹沢先生は劉生に憧れていて、20代には「劉生かぶれ」の油絵を描いていたと本人が言っていて、実際に当時の油絵「ざくろ」からもそのことが感じられます。あと、装幀家としての劉生にもあこがれていたので、劉生の装幀本を集めていた。劉生風の装幀案も残されています。年齢的には4歳しか違わないんですが、むしろそれだけに深い影響を受けているんでしょうか。「蔬果図」は劉生が亡くなった3年後の作。オマージュのようなものかもしれませんね。

K)葉っぱの上の苺に岸田劉生の影響があったとは…。芹沢先生の油絵「ざくろ」はとても写実的に描かれていますが、「蔬果図」の中のざくろも本質を見事に模様として捉えているなと思います。画家であり、デザイナーであった芹沢先生だからこそ生まれてくる模様ですね。

●掲載図録『芹沢銈介の作品2018』、『五十の作品でたどる芹沢銈介八十八年の軌跡』